雅子様の不妊症の原因は?2人目を作らなかったのはなぜか調査!

2019/11/11
 
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11月10日に天皇陛下の即位パレードが行われるのに合わせて、同夜にフジテレビで「日曜THEリアル!・陛下と雅子さま 知られざる笑顔の物語」が放送されます。

 

番組では、雅子様のこれまでをドラマ化した「雅子さま物語」を放送し、雅子様が世継ぎ問題で体調を崩された過去にも触れられるということですが、天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は何だったのか、愛子様が女性なのに2人目のお子様を作らなかったのはなぜかという理由調査しました。


「雅子さま物語」で世継ぎ問題も取り上げる!?

 

11月10日にフジテレビの「日曜THEリアル!・陛下と雅子さま 知られざる笑顔の物語」の中で放送されるドラマ「雅子さま物語」の予告には、こう書かれています。

 

外務省を退職し、皇室に入った雅子さまが直面された現実。

お世継ぎへの期待が高まる中で体調を崩し、適応障害と診断され長い療養に入られた雅子さまの、本当のお姿がドラマによって明らかになる。

出典:Yahoo!テレビ番組表

 

天皇陛下と雅子様が世継ぎ問題にさらされたことも、それによる雅子様の適応障害も周知の事実ですが、それを「雅子さま物語」の中で取り上げるのでしょうか?

 

結構切り込みますよね!

 

「雅子さま物語」の内容が気になるところです。

 

ちなみに天皇陛下と雅子様の長女・愛子様は学習院女子高等科に通われていますが、なぜ皇族は学習院に通うのか気になったことはありませんか?

 

皇族と学習院大学の関係や最近の学習院大学からの皇族離れが気になる方は「学習院大学に皇族が通うのはなぜ?皇族離れの理由は偏差値なのか調査!」もぜひご覧ください。

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は?

 

天皇陛下と雅子様の長女・愛子様は2001年12月1日に誕生。

 

天皇陛下と雅子様がご結婚されたのが1993年でしたので、結婚から8年後に待望の愛子様ご誕生となったわけです。

 

一般人の夫婦でも結婚から8年子どもを授からないと、周りから心ない言葉を掛けられたりすることもありますが、それが(当時)皇太子ご夫妻ともなれば、世継ぎに関わる問題となるので、プレッシャーは相当なものだったことでしょう。

 

皇太子ご夫妻という立場でありながら、意図的に8年も子どもを作らないということは考えにくいですから、お二人が不妊症であったと考えられます。

 

では、天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は何だったのでしょうか?

 

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は非常にプライバシー性が高く、かつ皇室の方の話なので、明らかにはされていませんが、オーストラリア人ジャーナリストのベン・ヒルズさんの著書『プリンセス・マサコ -菊の玉座の囚われ人』では、不妊症の原因について触れられているそう。

 

ヒルズさんは著書で産婦人科医の発言を引用し、天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は年齢的な問題、そして使用人らの詮索やマスコミ、皇室の追っかけの追跡が生むストレスであると指摘しています。

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は年齢的な問題?

 

1993年のご結婚当時、天皇陛下(当時の皇太子様)は33歳、雅子様は29歳でした。

 

1993年当時の女性の第1子出産時の平均年齢が27.2歳でしたので(厚生労働省, 平成22年度「出生に関する統計」の概況、人口動態統計特殊報告)雅子様はその年齢を多少上回っていましたが、2019年現在の感覚では、29歳ならまだ若いという認識ですよね。

 

雅子様はご結婚の6年後の1999年に流産を経験され、その後、宮内庁が不妊治療の専門家を手配したと言われています。

 

このとき雅子様は36歳で、天皇陛下(当時の皇太子様)は39歳。

 

35歳を過ぎると妊娠率がガクッと下がると言われていますから、このときのお二人の年齢では妊娠が厳しくなっていたと考えられます。

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は年齢以上にストレスの可能性大

 

ただ、ご結婚当時はお二人とも不妊症の原因になるような年齢ではなかったわけですから、年齢的な問題以上に、やはり周囲からのプレッシャーによるストレスが不妊症の原因になっていたのではないでしょうか。

 

独身時代は外交官として活躍されていた雅子様ですが「お世継ぎが誕生しないから」という理由で皇室外交を制限され、5年間に2回しか外国を訪問できなかったと言われています。

 

慣れ親しんだ外国に訪問できないというのもそうですが、それ以上に「世継ぎができない」、つまり不妊症が理由でということが、ますます雅子様にストレスを与えたと想像されます。

 

天皇陛下も雅子様をサポートしながら苦しい思いをされたと思いますが、若かりし頃は記者会見で好きなアイドルを公言されるなど、お茶目な面も。

 

天皇陛下がお好きだったアイドルについては「天皇陛下は山口百恵ファン!好きなアイドルは柏原芳恵説は間違っていた!」もよろしければご覧ください。

 

天皇陛下と雅子様が2人目を作らなかった理由はなぜ?

 

流産と不妊治療を経て、ようやく愛子様を授かった天皇陛下と雅子様ですが、現在の皇室典範では女性天皇が認められていないため、世継ぎ問題の解決とは言いがたい状況に。

 

当時の皇太子ご夫妻という立場を考えると、世継ぎとなる男の子を求めて2人目を作るという考えも浮かばなかったと言えば嘘になるのではないでしょうか。

 

ではなぜ天皇陛下と雅子様は2人目のお子様を作らなかったのでしょうか?

 

愛子様が女性だったことで、周囲からも男の子を求める声が強かったことが想像できます。

 

実際、愛子様誕生後も雅子様に世継ぎを作らせるための海外訪問の制限は続き、当時の宮内庁長官は会見で公然と「もう一人」を要求する無神経な言動をしたと言われています。

 

天皇陛下と雅子様も周囲の2人目待望論、男の子待望論はもちろん分かっていたでしょうが、会見で公言されてしまうのはキツいですよね。

 

その後、雅子様は帯状疱疹による静養に入り、療養が長期化し、後に適応障害と診断されます。

 

雅子様が療養に入られた翌年の2004年に、天皇陛下(当時の皇太子様)が雅子様への人格否定があったと指摘された「人格否定発言」については「雅子様に人格否定発言した人や内容とは?秋篠宮様が批判した理由も調査!」をぜひご覧ください。

 

愛子様ご出産当時、雅子様は37歳で、2人目のための不妊治療しても結果が出にくい年齢になっていたというのも一因かもしれません。

 

しかし、それ以上に天皇陛下と雅子様は2人目のお子様を作らなかったというよりは、雅子様の精神的な理由から作れなかったのではないでしょうか?

 

不妊治療と精神状態は関わりが大きいと言われています。

 

周囲からプレッシャーを受けて、ようやく愛子様を出産したにも関わらず、男の子でなかったことを理由に、すぐに2人目を求められるのは、いくら皇太子妃という立場でもしんどいですよね。

 

天皇陛下も世継ぎ問題が気にならなかったはずはありませんが、そんな雅子様をご覧になって、2人目を求める気にはなれなかったのかもしれません。

 

そうした過去を乗り越えて、皇后として即位パレードに臨まれた雅子様にはもらい泣きする人が続出。

 

雅子様の涙にもらい泣きした人の声は「雅子様の涙にもらい泣きした人の声を集めてみた!即位パレードに感動!」でご覧ください。

 

まとめ

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は何だったのか、愛子様が女性なのに2人目を作らなかったのはなぜかという理由を調査し、ご紹介しました。

 

天皇陛下と雅子様の不妊症の原因は、年齢的な問題と周囲からのプレッシャーによるストレスが指摘されています。

 

ただ、ご結婚当時、天皇陛下は33歳、雅子様は29歳でしたので、年齢以上にストレスが大きかったのではないかと考えられます。

 

現に、天皇陛下と雅子様に世継ぎが生まれないことを理由に、海外訪問を制限されていたと言われています。

 

また、2人目のお子様を作らなかった理由も、不妊症の原因同様、ストレスにより作れなかったのではないでしょうか。

 

雅子様が愛子様ご出産後、雅子様に世継ぎを作らせるための海外訪問の制限は続き、当時の宮内庁長官は会見で公然と「もう一人」を要求する無神経な言動をしたと言われています。

 

皇室に入ってから、何かとつらい思いをされてきた雅子様が、皇后として今後は少しでも良い思い出を重ねられるようにお祈りしています。

 

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