【エール】音のモデルは古関金子の実話ネタバレ!文通結婚から乳がんまで!

2020/03/30
 
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朝ドラ「エール」の主人公は、作曲家の古関祐而(こせき ゆうじ)さんをモデルとした古山裕一(窪田正孝)で、珍しく男性主人公なんですね。

 

でも、やはりヒロインも気になるところ。

 

「エール」で後に裕一の妻となるヒロイン・関内音(二階堂ふみ)のモデルとなった古関金子(こせき きんこ)(旧姓:内山金子)さんの生い立ちや裕而さんとの文通からのスピード結婚、乳がんで早逝するまでを実話のネタバレでご紹介します。

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【朝ドラ「エール」】ヒロイン関内音(二階堂ふみ)のモデルは古関金子さん

 

朝ドラ「エール」で二階堂ふみさんが演じるヒロインの関内音。

 

音は後に主人公の古山裕一の妻になるわけですが、音のモデルは古関金子(こせき きんこ)さんとされています。

 

裕一のモデルで作曲家の古関祐而(こせき ゆうじ)さんの奥さんですね。

 

古関祐而さんは福島市出身で、妻の金子さんは愛知県豊橋市出身。

 

離れた場所で育った2人はなぜ結婚することになったのでしょうか?

 

朝ドラは名子役たちからも目が離せない!!

 

音の子役・清水香帆ちゃんのシンデレラストーリーは「【エール】音の子役・清水香帆のWiki!シンデレラストーリーが衝撃!」でぜひご覧ください。

 

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【「エール」実話ネタバレ】音のモデル・古関金子の生い立ち

(左の画像は「エール」のモデル・古関夫妻)

 

朝ドラ「エール」で関内音のモデルとなっている古関金子さん(旧姓:内山金子さん)は愛知県豊橋市出身で、1912年(明治45年)3月6日に生まれました。

 

「エール」では音は3姉妹の次女という設定ですが、モデルの金子さんはお兄さん1人と6人姉妹の中の三女。

 

ここまで「エール」で忠実に再現したら、登場人物が多くなりすぎて、話がとっ散らかってしまうので、3人姉妹にしたのかもしれませんね。

 

「エール」で音の姉・吟の子役を演じる本間叶愛さんの情報は「【エール】吟(音の姉)子役・本間叶愛のwiki!読み方が超難解!」でぜひご覧ください。

 

「エール」では音の実家・関内家は馬具の製造販売を行っている設定ですが、モデルの内山家の家業は陸軍に物資を納入する業者だったそうです。

 

金子さんの父・安蔵さんは金子さんが12歳のときに亡くなっており、その後は母・みつさんが女手ひとつで家業と子育てを担ったそう。

 

たくましいお母さんですね。

 

 

音のモデル・金子さんは音楽と文学が好きなおてんば娘で、いつも空想の世界に浸っていたと言います。

 

金子さんは女学校時代からオペラ歌手を目指していたようですが、そのきっかけは何だったのか、息子の古関正裕さんも知らないそう。

 

6姉妹の中でも、音楽の道に進んだのは金子さんだけだったとのことですが、金子さんが女学生だった大正時代にオペラ歌手を目指す人など、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

 

1928年(昭和3年)、豊橋市立高等女学校(現在の豊橋東高校)を卒業した金子さんは、家計を助けるために、名古屋の雑誌発行人のもとで「女人芸術」という雑誌の編集の手伝いを住み込みで始め、同時に声楽の先生について、歌の勉強を始めます。

 

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【エール】音のモデル・古関金子と裕一のモデル・古関祐而は遠距離文通恋愛~スピード結婚!

 

朝ドラ「エール」のヒロイン・関内音のモデル・古関金子さんと後に夫となる古関祐而さんをつないだのは、ある新聞記事でした。

 

1930年(昭和5年)1月、金子さんは新聞で「福島の無名の青年が国際作曲コンクールで入賞」という記事を目にします。

 

この「福島の無名の青年」こそ、「エール」の主人公・古山裕一のモデル・古関祐而さんですね。

 

古関祐而さんは川俣銀行に勤務していた1929年(昭和4年)、管弦楽のための舞踊組曲『竹取物語』をロンドンのチェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募して入賞を果たし、日本人初の国際的作曲コンクールにおける入賞という偉業を成し遂げました。

 

この偉業は当時の新聞でも大々的に報道され、遠く離れた愛知県に住んでいた金子さんの目にも留まったわけです。

 

この新聞記事を読んで衝撃を受けた金子さんは、祐而さんに「楽譜を送ってほしい」と手紙を書きます。

 

これに祐而さんが応じ、金子さんと祐而さんの文通が始まり、やがて恋に発展。

 

裕而さんは金子さんとの4ヵ月の文通&遠距離恋愛期間中に、オーケストラ13曲、歌謡曲10曲、室内楽3曲、計26曲を創作。

 

自身と金子さんの関係を作曲家・シューマンとその妻・クララになぞらえて、「そのすべてを『私のクララ』であるあなたに捧げます」とラブレターの中にも書いていました。

 

文通のみで恋をするとは、今の時代ではなかなか考えられませんが、逆にロマンチックですね。

 

裕而さんは金子さんと文通を始めた1930年の6月には、豊橋まで金子さんに会いに行き、その流れで金子さんは裕而さんと一緒に福島に行って結婚。

 

裕而さんは20歳、金子さんは18歳の若さでのスピード結婚でした。

 

「エール」の裕一のモデルで金子さんの夫の古関裕而さんの実話ネタバレは「【エール】裕一のモデル・古関裕而の実話ネタバレ!六甲おろしも作曲!」でぜひご覧ください。

 

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【エール】音のモデル・古関金子の結婚後~乳がんで68歳で逝去するまで

(画像右の男性が古関夫妻の息子・正裕さん)

 

朝ドラ「エール」の古山裕一・音夫妻のモデルである古関裕而さん・金子さん夫妻。

 

1930年6月に結婚後、同年9月に裕而さんは日本コロムビアの顧問だった山田耕筰さんの推薦でコロムビア専属の作曲家に迎え入れられ、夫婦で上京します。

 

世田谷区代田の自宅の近くに帝国音楽学校という音楽学校があり、金子さんはその声楽部本科に入学。

 

ソプラノ歌手のベルトラメリ能子(よしこ)さんに師事し、本格的に声楽の勉強を始めます。

 

金子さんの声楽の才能は抜きん出ており、ベルトラメリ能子さんの一番弟子となり、「カヴァレリア・ルスティカーナ」「トスカ」といったオペラ作品にも出演しますが、子育てに専念するために帝国音楽学校を中退。

 

その後も夫の裕而さん作曲の放送オペラ『朱金昭』(チュウ・チン・ショウ)などのオペラ、オペレッタにも出演しますが、戦争の激化により、その機会も減少。

 

息子の正裕さんによると、正裕さんの結婚後、正裕さん夫妻と古関夫妻との二世帯住宅での同居が始まり、正裕さんの子どもの子育てを巡って、嫁姑バトルが勃発していたそうですが、そのバトルも別居することで終焉。

 

金子さんは乳がんが全身に転移し、1980年7月23日に68歳の若さで亡くなりました。

 

「エール」は撮影開始後に脚本家降板&交代騒動でゴタゴタが発生!

 

「エール」の脚本家を降板した林宏司さんの情報や降板理由は「【トップナイフ】脚本家の林宏司は朝ドラ「エール」を降板!」でぜひご覧ください。

 

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まとめ

 

朝ドラ「エール」で主人公・古山裕一の妻となるヒロイン・関内音(二階堂ふみ)のモデルとなった古関金子さんについてご紹介しました。

 

古関裕而さん・金子さん夫妻の歴史を振り返ると、4ヵ月の文通遠距離恋愛からのスピード結婚というエピソードが特に印象に残りますが、「エール」では2人の人生がどのように描かれるか楽しみですね。

 

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朝ドラ「エール」まとめ

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